義妹と畳は新しい方がいいよね 第2話「新妹はクラスメイト」 (by 杉村風太)

                   ♪♪♪♪花なんて大人に似合いはしない♪♪♪♪

 

 今朝も食卓のBGMはオフコースの小田さんじゃない方だ。今日は瑞希さんにとって転校初日となる始業式。義母にお供を頼まれた。「早めに出なきゃだめけど、初めてだからいっしょに行ってあげてね」などとあの美しい笑顔でお願いされたら「いや」とはいえない。何だか義母のやさしい言葉がヤらしい言葉に聞こえるのは俺の心が不純だからだろうか。

 そりゃあ、友達もいない慣れない土地の学校に2学期から編入するのは心細いだろう。だが、こっちだって瑞希さんにまったく慣れていない。「今日からこの子もあなたの妹よ」なんて言われたって理性が納得しない。仲良く登校しながら何を話せって言うんだ。

 

「私はずっと1人だったから。昔から仲のいいきょうだいでうらやましいなって思ってました」

 そんな昔に、おれたち3人で会ったことなんて、あったかもしれないけど、ほとんど口をきいた覚えもないぞ。どこを見てそう思ったんだろう。

「あいつはね、瑞希さんの前だから猫かぶってるだけですよ」

 瑞希さんが来るまで、充希はおれを「お兄ちゃん」なんて呼んだことはない。呼ぶときは「おい」「てめえ」「おい、てめえ」「おまえ」のだいたい4択だ。あるとき、たまたま近くに来た親戚のおじさんが聞きつけ、「今『おい、てめえ』と怒鳴っていたのは充希なのか。てめえとは兄のことか。この世に兄をてめえと呼ぶ女性がいるのか」。もしも、自分の弟や妹にてめえなんて言われたら、日本刀を持ってきて「そこに直れ。成敗してくれる」というぐらい本物の昭和な人だったので、ひどくショックを受けていた(注:これは昭和ではなく明治な人です)。

 そんな、家では山猿のような充希でも学校など他人の前ではとても礼儀正しいお嬢さんで通っているらしい。あのときだって近くにおじさんがいることに気づいていれば、本性を出さないよう気をつけていただろう。俺の説だが、外で猫をかぶっている度合いが大きい女子ほどその反動で家での態度がひどくなる。おれはおそらく霊長類最大の振り幅のサンプルを見ているのだ。マンガで、学校では優等生の妹が家ではだらしないという人気作品があるが、その主人公もさすがにお兄様のことを「てめえ」とは言わない。充希の振り幅はギャグマンガを超えている。

 

「だって、あいつはお兄ちゃんなんて」。おれは言いかけて切った。

いやいやいかん、いくら義兄妹の仲でも告げ口はまずい。どうせおれがばらさなくたって、あいつ自らぼろを出す。家でも地を出せなくて相当ストレスがたまっているだろうからそう遠い将来のことじゃない。

「どうしたんですか」

「いや、本人のいないところで悪口はよくありませんよね。でも、あいつは言ってるんでしょう」

「そんなことはないですよ」

うそだな。でも、自分は陰口を言われても相手の陰口は言わないおれって、好感度アップ。いや、好感度って何だよ。

 手のひらにじんわりと汗がにじんできた。学校が近づいてきたからだ。「見知らぬ美少女と仲良く登校しているところ」に、友達と出くわすかもしれない。想像すると、下腹を巨人の手でぐっとつかまれた気分になってきた。

 早めに出たおかげで、運良くクラスメイトと出会わずに校内に入れた。瑞希さんは俺と同じクラスだ。1人でも顔見知りがいた方が早くなじめるだろうという親心だろうか。クラスメイトの目にとまらないルートで職員室に連れて行き、担任に引き合わせた。

 

「きょうだいなのに全然似てないな」

担任が瑞希さんのバイオを見ながら言った。

瑞希さんは頭まで母に似て成績がいいらしい。何から何までザ・普通の俺とは大違いだ。

「当たり前でしょう。血縁関係ないんだから」

充希が実の姉ではなく、むしろ俺に似ていることの方がはるかに不思議だ。飲み水とか気候とか環境要因だろうか。

「いや、ちょっと学園ドラマの定番のセリフを言ってみたかっただけだ」

これだから、リアル昭和のおっさんは。ドラマのマネするにしたってメインかサブだろう。なんだ、そのいかにもモブキャラが言いそうなセリフは。

「名字は違うままなのか。同じ名字になるとクラスではめんどうだがな。逆に、家族の中で1人だけ名字が違うのも浮いてる感あるし、いろいろ不便じゃないか」

「戸籍のことなど、そういうことはどうするかまだ決めてないんです」

「そういうのもややこしいよな。おまえたちが結婚すればややこしいのは一気に解決だが」

本当にこのおっさんはなんで話をさらにややこしくさせるようなことを言うのか。ひきかけていた冷や汗がまた出てきた。

「世間話がしたいだけで、俺に用がないなら先に教室に行ってもいいですか」

「そうだな。結婚式みたいに2人で入場させるわけにいかないし」

「先生、セクハラで訴えますよ」

これ以上、クソ寒いおやじギャグにつきあってられるか。

「じゃあ、また後で」

 この後、瑞希さんと担任はお約束のあれがあるというわけだ。「今日はみんなに新しい仲間を紹介する。○○から来た転校生だ。さあ、入ってきなさい。自己紹介を」ってあれだ。マンガでは何度も見たシーンだが、実演を見るのは初めてだ。

 そりゃあ、そうだ。クラスにいきなり知らない生徒が1人でいたら、騒ぎになるもんな。お約束の儀式は大切だ。

 1人ではなく、2人で教室に入っていって、「これ、今日からクラスメイトになる、俺の妹」と紹介させられたときのもっと大騒ぎを想像したら、また汗がにじんできた。今度は鉛を飲み込んだような気分だ。いやあ、お約束の儀式は本当に大切だ。

 

                 (♪♪♪♪「でももう花はいらない」鈴木康博