義妹と畳は新しい方がいいよね 第3話「親友の趣味」 (by 杉村風太)
教室に入ると、親友の啓太がうれしそうな笑顔を浮かべ、帰還兵を待ちかねた家族のように寄ってきた。
「今日、かわいい子連れてたな。あれ、転校生か。どうゆう関係だ?」
こいつは、用もないのに朝早くから来て、登校してくる生徒を見張っているのだろうか。つくづく暇なやつだ。意外に、ほかのクラスか違う学年に好きな子でもいるのかもしれない。この年代の男を無意味で無駄な行為に走らせる力の源は99%片思いだ。
日ごろから愛想が悪いおれはこういうときのポーカーフェースが得意だ。
「関係が複雑すぎて、説明するのが面倒だから、説明しない」
「もったいつけんなよ」
「じゃあ、簡潔に言うと、彼女は転校生で、おれの新しい妹だ」
「おまえの父ちゃん、いつの間に再婚したんだ。聞いてないぜ」
こいつ、意外に察しがいいな。
「俺の父ちゃんはもともと再婚だ。母さんと別れてないのに再婚したら重婚だ。法律的には認められない」
「そうかわかった。おまえの妹が結婚したんだな」
急にきょうだいが増える理由は、親の再婚かきょうだいの結婚しかない、と瞬時に見極めるあたり、俺はこいつを見くびりすぎていたのかもしれない。
「そんなわけあるか。平安時代じゃないんだぞ。その結婚相手はどこのロリコン野郎だ」
「おまえが結婚できる可能性に比べれば1万倍もあると思うが」
俺が結婚。きょうだいが増えるそのもう1つの可能性を俺自身もすっかり度外視していたのが悔しい。結婚可能年齢でいえば法律的に問題ないのは充希ではなく俺の方だってのに。しかし、もともと義妹だった充希の実姉と俺が結婚したら俺と充希の関係はどうなるんだ。義妹の2乗、二重義妹?。義妹に義妹を何回掛けたって義妹だろう。いかん、担任のおやじギャグに毒されておれまで寒いことを考え始めた。
「この2、3分ではいくら説明してもおまえのアタマでは理解できないだろう。おれは無駄なことはしたくない。って聞いてないね、おまえ」
こいつは本当に失礼なやつだ。おれが勝手に独り言を始めたなら無視するのは自由だが、自分の方から質問しておいて、答えを聞こうとしないとは。興味がないなら最初から質問すんな。
「遠くから見たらかわいいと思ったが。近くで見ると美少女だな。おまえのニュー妹」
そう言われて、ようやく、お約束の儀式が始まっていたことに気づいた。
「どうして名字が違うんだ?」
「そのくだり、さっき職員室でやってきたからもういい」
こいつも担任と同じような寒いギャグを言いそうな気がしたので、制した。
瑞希さんは女子に取り囲まれ、質問攻めにあっている。男子はまだ気軽に話しかけられないようだ。ちょっとした美少女相手でも初日からがんがんいけるようなジゴロ気質な男はこのクラスにはいない。てか、そんなマンガの主人公のライバルみたいなやつ実在するんだろうか。そういう俺だって家族でなかったらああいう「雪の女王」系美少女には一生近づかないタイプだ。卒業まで一言も話さずに終わるだろう。きょうだいとなった今も、あの女子の輪に接近して「帰ろう」と声をかける勇気は到底ない。
瑞希さんは早速、遊びに行こうと誘われている。
「今日は、お兄さんと早く帰るように母に言われているの。明日からよろしくね」
あれがお兄さんね、と一瞥をくれるボスキャラの視線がこわい。
「いいなあ。お兄さんか。おまえがお兄ちゃんと呼べと言ったのか」
啓太がなんか陶酔している。
「絶対に違う。名字で呼ぶのも変だし、ほかに言いようもないだろう」
もしも名前でなんて呼ばれたら心臓に悪い。待てよ、おれが勝手に名前で呼んでいることはどう思っているんだろ。でも、お妹さんと呼ぶわけにもいかないし。
「本当にいいよなあ。義姉妹萌えって男のロマンだよな。ある日突然、昨日見知らぬ美少女が今日は同じ屋根の下に。好きになっても全然OKなんだけど、背徳感のスパイスも少し効いてて」
背徳感のスパイスなんて絶対こいつの脳内辞書にあるはずがない。そうか、謎が解けた。
「おまえ、その手のばっかり読みふけってるだろう」
こいつはカンがいいわけではなかった。単に「親が再婚で」や「きょうだいの結婚で」設定のアダルティな作品のマニアなのだ。さっき少しだけだが見直して損した。
デジタル・データ・オン・デマンド。21世紀の革新的技術に最大の恩恵を受けているのは思春期の男子中高生だ。
「おい、ばばあ、勝手に部屋に入るなって何度も言ってるだろう」。部屋を無断で掃除され、きれいに整理され、並べられたその種の本を前に少年がキレル。マンガで何度も繰り返されるこのシーンはもはやマンガの中だけになった。パスワードに守られた隠しフォルダの中の画像まで家捜しされることはない。とはいえ、デスクトップにこれ見よがしにパスワードのかかった怪しいフォルダがあったら、犯行を自白してるのと同じ。さらに完全消去処分を受ける恐れもある。
たいていの母親は階層を深くしておとりのフォルダを置くなど、ダンジョンプロテクトだけでほぼブロックできる。ルートやサブディレクトリという概念がないからだ。だから、母専用PCは何でもデスクトップに置いちゃって、デスクトップがフォルダとファイルだらけになってる。
いや、これは啓太のことで、おれの話じゃないから。おれもマンガは好きだけど、堂々とベッドの上に置いておけるマンガだけだ。充希はダンジョンもパスワードも突破しそうだからね。どうしてるかは秘密だ。
そんな帰り道、瑞希さんの方から話をふってくれた。
「お母さんはいつもオフコースを聞いてるんですね」
「それもほとんど小田さんじゃない方をね。たまに小田さんもはさまるけど。うちじゃ朝食と夕食の前説みたいなもんです」
「わたしはどっちかと言えば小田さんのほうが好きです」
「普通はそうでしょうね。でも、おれらみたいな男子にとってはそうとは限らないんです」
「どうしてですか」
なんか少し食いついてきてきたようだ。お義母さん、共通の話題をありがとう。
「もてない男子のひがみかもしれないけど。小田さんの歌は失恋の歌と見せかけて、もてる男が彼女をふる言い訳を必死でしてるように聞こえるんです。卒業式で流れる『さよなら』なんかもよく聞くとふってるのは小田さんの方だし。『眠れぬ夜』も別れの原因は彼女にあるみたいだけど、ひざまずいて涙を流しても戻らないとか言ってる。『秋の気配』なんかもろです。小田さんって彼女にふられたことないんじゃないかな。小田さんのようにイケメンでもなく、音楽の才能も美声もないフツメンの男子には共感しにくいんです」(注:すべて主人公の個人的見解です)
「小田さんの曲に詳しいんですね。『言葉にできない』は?」
「あれは恋の歌じゃないそうです。義母さんが言ってたんだけど、歌詞に『終わるはずのない愛』というフレーズがあるでしょう。男女の間の色恋には必ず終わりが来る。愛の終わりを歌い続けてきた小田さんが終わるはずがないというからには、それは彼女への愛ではなく、音楽への愛、バンドへの愛、高校の時からともに歩んできたバンド仲間への愛。だから、あれは自分を置いてグループを去っていく仲間への思いを歌ってるんだろうって」
「自分たちがつくったオフコースへの愛が終わるなんて考えたこともなかったんでしょうか。もしかしたら、小田さんが相手から別れを切り出されてふられた生涯唯一の人なのかも」
「そうか。ある意味、人生でたった1回、最高の失恋だったんですね」
やっぱり、この人は内面も義母に似てる。新しい妹との同級生生活はこうして始まった。