義妹と畳は新しい方がいいよね 第14話「ギャップ萌えしかかった」 (by 杉村風太)

 家の中で野犬に襲われたケガが親ばれした。雨やなんだかんだで中止になっていた水泳の授業が久しぶりにあった。おれは用意してあった診断書を提出し、見学を申し出た。で、担任から家に電話があった。

「いったいどうしたの」

「階段で転んだら打ちどころが悪くて。いや本当にたいしたことないんです。水泳サボりたかっただけで。普通に風呂も入ってますし」

「どうして黙ってたの」

「見せるの恥ずかしくて。本当にいじめとかじゃないので心配しないでください。おれ、こう見えてけっこうリア充なんですよ」

 あのレベルの彼女がいればリア充界でもポーンではなくナイトクラスだろう(注:将棋でいうと、歩と桂馬です)。

充希もショックを受けているようだった。

 

 夕食後、充希からメッセージが入った。

<行ってもいい>

<いいよ>

 

 ノックなんかするから瑞希さんかと思って緊張しちゃったじゃないか。

「あの・・・」

なんつう、しょげた顔だ。なんか瞳もうるんでるし。

「けがさせてごめんね」

まさか。聞き間違い? 充希がおれに謝る日が来るなんて。これまで何度となく、病院送り手前の仕打ちを受けてきたが、一度だって。お義兄ちゃん、感動でちょっと泣きそうよ。

「そんなひどいけがだと思わなかった。こんな乱暴な子きらいだよね」

充希も泣きそうな顔してる。ちょっとしおらしいじゃないか。

「充希をきらいだったことなんてないよ」

「お姉ちゃんみたいになったら好きになってくれる?」

「そういうことじゃない」

 これはいけない。ギャップ萌えしそうだ。夫のDVを受け続けてきた妻がちょっとしたやさしい言葉をかけられたり、つまらないプレゼント1つで、「自分は大事にされてる」とかかんちがいしちゃうダメなやつだ。

 

***あきらめきれずに君の好きな町を歩いてただ歩いて つらくなるだけなのに***

 

 レコードからオフコースの小田さんでも、小田さんじゃない方でもない曲が流れていた。

「珍しいですね。初めて聞きます」

「この曲はね、贅沢な一品なのよ」。義母が言った。

 意味はすぐにわかった。オフコースといえば、小田さんのミックスボイスとしか思えない驚異的な高音の地声が有名すぎて目立たないが、小田さんじゃない方も伸びのある実にいい声なのだ。そして、この曲はこの2人をコーラスに使っている。アーティストのこんな贅沢な使い方があるだろうか。メインボーカルは何様かと(注:ごめんなさい)。

 さびのところで、小田さんの声と2人でメインボーカルにかぶさり、さらにクイ気味のリフレインが入って、ファンでないおれには、もはや、かぶさってる方とリフレインとどちらが小田さんなのかもよくわからない。

 小田さんじゃない方の脱退で、このハーモニーを失ったのだ。小田さんのショックもほんの少しはわかる。しかし、去った方にとっても小田さんのコーラスを失ったことは痛手ではなかったのだろうか。

 

「ずいぶん早く登校するようになったと思ったら、朝から教卓を磨いたりしてるらしいわ」

充希の話題だ。あの翌日から充希はほんとうに瑞希さんのマネをし始めた。服装から、髪形、しぐさ、言葉づかい、礼儀作法。なにより、行動がもうありえない。

驚いているおれを見て、義母が言った。

「女の子は急に変わるからね」

「よくないですよ」

「どうして」

「人間の本性なんて悪の組織に捕まって脳改造手術を受けない限り変わりません。人は自分以外のものになろうなんてしてはいけないのです。無理は体に触ります」

 おれの体にだけど。180度違うキャラを演じるなんて、ストレスがたまる。山猿なのにコルセットをきつく締めてドレスを着るようなもんだ。ストレスが限界に達したとき、ボンッ!。爆風を浴びるのはどうせおれだ。

「オーバーね」

「やめさせましょう」

「ほうっておきなさい」

「どうして」

「気が立っているときにちょっかい出すと、かまれるわよ」

「えっ」

何か知ってるんですか、お義母さん。

 

♪♪♪♪好きだよ好きなんだ 心がちぎれるほど♪♪♪♪

 

(***、♪♪♪♪ 「せつなくて」大間仁世、松尾一彦